p.237 82. 六十四歳


 「6465)歳問題」という言葉を最近よく耳にするようになりました。

 65歳になると、「高齢者」として介護保険制度に基づくサービスを利用出来るようになります。しかし介護保険制度と障害福祉制度は、原則として併用は認められていません。また、介護保険制度か障害福祉制度か選ぶことも出来ません。「自助・共助でまかなえない部分を公助する」というこの国の公的サービス提供の大原則により、税金を財源にする制度より保険による制度の方が優先されるというのが理由です。ですから障害のある人にとっては「介護保険制度に基づくサービスを利用できるようになる」ということ=「それまで受けていたサービスを打ち切られる」ということを意味するのです。

 介護保険制度に切り替えをされ、実際に入浴介助や家事援助が減り生活が激変したという悲鳴がすでに多く挙っています。国は、この問題について「サービスを補完するような独自の制度をつくるように」と通知し自治体に丸投げの姿勢です。当然のことながら住む場所による格差が生じています。

 問題は、介護保険制度自体にもあります。保険制度であるため生じる自己負担の問題です。この自己負担額は一律1割だったものが平成27(2015)年の介護保険法改正で「一定所得以上は2割負担」となり、さらに現在、財務省は「原則2割負担」を提案し2017年の法案提出を目指しているのです。生存に関わるこの件について「無駄遣い」という言葉を用いて……。ゾッとします。

 「64歳問題」も「原則2割」介護保険制度の問題のひとつとして、障害があってもなくても介護保険をまだ利用していてもこれから利用する予定の人ても、すべての高齢のかたが問題を共有して声を挙げていかなくてはならないと思います。全国で「64歳問題」について勉強会や講演がもたれるようになりましたが、そこにいるのは障害のある人と家族はじめ支援者だけ。そうではなく、地域のすべてのその年頃の人と支援者を巻き込んだ「当事者」運動になるようにと願っています。

 さらに「老いによる変化とニーズ」を中途障害の一つと定義するという前提で「障害の社会モデル」という考え方を確認すれば、保険制度ではなく障害福祉制度によるサービス提供が適切だと分かります。
 これまで障害のある当事者のかたがたが中心となって培った知恵と獲得してきた公的サービスを「中途障害のある人」としてきちんと享受したお年寄りが、それをさらに成熟させ、また社会の中にあってどんな希望をもたらすのか考えるとわくわくします。

 やはり介護保険制度は、かつて障害のあるかたが公的介助保障制度を求めた時、否定した、施設入所や在宅医療(いつまでも市民ではなく本来入院しているべき患者としての存在として生きる)という感覚の延長線上に作られたもので、もともと障害のある人であれ、障害のある人になった人であれ、人のノーマルな生活を支えるのにふさわしくないはずだ、という思いが強くなります。

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