p.58 22. 遺伝カウンセリング

 一般に「遺伝する病気について、発生の確率やメカニズムなど医学的に正確な情報をクライアントに提供し、意思決定のお手伝いをする」というのが「遺伝カウンセリング」の目的だと説明されています。

 かつては「遺伝相談」と呼ばれていましたが、クライアントの心のケアに十分に留意した相談の心得のある医師が行うべきということから「遺伝カウンセリング」と名前を変えたようです。

 クライアントは、遺伝することがあると分かっている(または推測される)病気や症状を持つ家族のある人(または当人)で、これから妊娠を望んでいる(または妊娠した)カップルです。クライアントの目的は「望んでいる(または妊娠した)子どもがその病気や症状を持っている可能性はあるか/ないか、あるとしたらどれくらいか」知ることです。


 ここまで読むと、渦中にある相談を受ける側もする側もおそらくそれほど気にかけていないであろう、重大な問いがわき上がってきます。すなわち、遺伝カウンセリングの目的でいうところの「意志決定」の意志とは、何の意志?クライアントの目的でいうところの「知る」のは何のため?


 答えは単純明快。「命の選択」です。「その病気や症状を持っている人の生」を肯定するか否定するか、です。しかしですよ。遺伝カウンセリングに訪れた時点で、多くのクライアントは、自分でも気づかないまま、もうすでにその病気や症状について否定しています。望んでいる唯一の返答は「100%ない」ですが、その返答は絶対に得られません。望んでいる返答が得られない場合、すでに否定しているのですから「じゃあいらない」となりますよね。今、病気や症状を持っている赤ちゃんが既にいて「きょうだいが同じ病気や症状を持ったらこの家族はやっていけないだろう」とお節介にも危惧したその主治医に勧められて訪れる人もいるでしょうが、だとしても、もし肯定しているなら「別にいいです」と断るでしょう。加えてこれは医療サービス、相談に乗るのは医師です。医療は「病気や症状」を無くすこと、つまり否定することが大前提になっているサービスです。
 「100%ない」がない以上、この「カウンセリング」に何の意味があるのかどうしても理解できません。仮に「5%ある」とか「1万件に1人」言われて、それを「めったにないことだ」と感じて妊娠する(または殺してしまわないで継続する)事にしたとして、否定しているままですから、今度は出生前診断などで「その5%なり1万人に1人だった(病気や症状があった)」と分かった途端、その命を葬り去る選択をするでしょう。

 生物学的に母親はまだ自分の臓器の一部として、父親は排泄物の提供で発生したものであるとして決定の権限があるかもしれません。インターネットや本を読みあさり情報収集して、そういう結論を得たのなら仕方ないことです。

 しかしどういう結果が導かれるか分かっていながら「意志決定のお手伝い」として、病気や症状を持つ人が生を授かるチャンスを奪う権限を決して医師(医療)側は持っていないないはずです。もし赤ちゃんが病気や症状を持って生まれたら、何が必要かどんな支援があるかなどの情報提供、その病気や症状を持つ子どもがいる家族や患者会(ピア)を紹介するというサービスにこそ生まれ変われば話は別ですが。



 15年以上前、ハルの主治医に勧められて訪れたことのある大学病院の「遺伝外来」は数年前訪れるとなくなっていて「ブレスト・センター(乳房相談室)」に改装されていました。嬉しかったなあ。

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