p.97 42. 国際生活機能分類/国際障害分類改訂版(ICF)

 ICFInternational Classification of
Functioning, Disability and Health「人間の生活機能と障害分類法」として平成132001)年、それまでの国際障害分類(ICIDH)の改訂版として、WHO(世界保健機関)で採択されました。
 このICFでは「障害」の定義づけ(「障害像」)の捉え直しがされました。いわば「ものの見方/考え方の更新」です。これには人々の意識を変え、その後の障害のある人に関係する施策や環境整備計画にまで広く深く影響を及ぼすに十分なインパクトがありました。

 ICF以前は、障害とはもっぱら医学的な評価によるその人の心身の状態について示すもので、その障害ゆえ社会的な不利が生じると捉えられていました。ですから標準の人(障害を持たない人)との違いについて表す「欠損(impairment)」や「不全(disability)」という言葉は否定的な(本来こうあるべきでないという)ニュアンスを含んでいました。
 ICFでは、この捉え方における障害を「個人因子」とし「個人因子」のみを社会的不利の原因とするそれまでの考え方による障害像を「医療モデル」と呼び、これに「環境因子」を社会的不利の原因とする「社会モデル」の障害像を加えた捉え直しが適切であり、これを「生活機能モデル」として社会的不利を測る(=その解消・改善の策を知る)べきである、と提唱しています。

 ハルやトッキーの生活の中で具体的な例を挙げてみましょう。

 例① ICIDHでは、四肢体幹機能不全で自力移動できない=移動(外出)できない……だったものがICFでは、四肢体幹機能不全で自力移動できない=常時車いすを使用→介助者が車いすを押す=移動(外出)できる……となるし、

 例② ICIDHでは、四肢体幹機能不全で自力移動できない→常時車いすを使用=駅にエレベータがないので利用できない……だったものが、ICFでは、四肢体幹機能不全で自力移動できない→常時車いすを使用→駅にエレベータを設置=駅を利用できる……となるわけです。

 今、障害者差別解消法でキーワードになっている「合理的配慮」には、このICFの「生活機能モデル」の考え方がそのまま応用されています。
 ICFからもう15年経ちますが、この国ではICIDHでの「障害像」は、ほとんどそのまま継承されており、ふっと気を抜くと「障害のある人」は「医療の管理下におかれた治すべき患者」「特定の場所でしか生きられない存在」として扱われそうになります

 学区の小学校で学んだトッキーはICFと同い年です。口が利けませんが、小学校5年生でタブレット端末の文字盤を手にして以来、すっかりおしゃべりになりました。

 (耳は聴こえているが口が利けない→コミュニケーションが取れない/重い知的障害がある=学区の小学校のカリキュラムでは学べない)+(常時車いすを使用=学区の小学校はエレベータがないから利用できない)=学区の小学校では学べない(+障害を減らし軽くし社会に適応し参加できるようにするために特別支援学校へ行くべき)、という旧態のままのICIDHによる社会通念・法整備のもとでの勧めを根こそぎ拒絶し、命がけでエレベータのない学校で学んだから、ハルとの経験を経て、さらにICFを知り十分に感じ、所得に見合わない大枚をはたき、胃をキリキリ痛ませてやっと叶ったことでした。
 しかし、これはもはや本来、この国の誰もが努力なく、意識さえすることなく、自然に享受できるはずのことのはずです。社会(環境)の変化によってもたらされる個人の社会的不利の解消(可能性の広がり)が数知れなくあるということが分かっていながら、そこから故意に目を背け続ける怠慢が、これ以上続くことがもはや許されていいとは思えません。

厚生労働省ホームページに、ICF日本語版 <平成142002)年85日付>が掲載されています。↓

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/08/h0805-1.html

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