p.62 27. 医療的ケア

 たんの吸引、経管や胃ろうを使った食事、導尿やストマなど器具を利用して用を足す事について、その介助について「医療的ケア」と呼ばれます。

 これら「医療的ケア」が、日常終日必要(だって食事をしたり、用を足したり、呼吸したりする事ですからね)な介助であるにも関わらず、医師・看護師など医療従事者と家族しか行ってはいけないとされてきたことは、あまり一般には知られていません。

 このルールのせいで、ケアを一手に引き受けた家族が疲労の末、身体を壊し日常生活に支障をきたし、結果として障害のある当人の命が脅かされる事態が起ってきました。訪問看護ステーションも介護事業所に比べて数は圧倒的に足りていません。不眠不休の労働を強いられながら、親として家庭も支えなくてはならないひとが大半です。

 「特別支援学校・学級」という障害のある子ども用に特化した環境ですら、保護者は、このケアを行うために終日学校内で待機することを求められ、スクールバスには保護者は同乗できないという理由から、自家用車で送り迎えをする(運転手をやっている間、ケアが必要になったら、一体どうしろというのでしょう?ひとりに何役やらせたら気が済むのかと言いたくなります)ことまで求めらます。


 平成242012)年から厚生労働省による「介護職員等によるたんの吸引・経管栄養についての制度」が施行され、介護福祉士、介護職員、特別支援学校の教員なども「医療的ケア」を行ってもよいということになりましたが、これには「喀痰吸引等研修」なるものを受け修了証明書と認定証をもらう必要があります。この研修というのが、講義50時間とさらに実地研修があり、新たな資格取得と同等の重い負担が課せられているという代物です。
 
 なぜこれらの介助が、車いすを押したり、着替えや移乗の介助と区別されてわざわざ「医療的」とされているのでしょうか。
 かつて、医療器具がポータブル化するなどどこでも誰にでも扱えるように改善され、紙パンツや杖、眼鏡のような日常生活用品に生まれ変わり、超高価な医療器具については、レンタルの制度が整い、それまで病院の中で治療を受けながら暮らすしか選択肢がなかった人たちが、自分の家で暮らすことができるようになりました。

 しかし、これを「退院」ではなく「在宅医療」と呼び、飽くまでその病院を出た人を「一般市民」とみなさず「在宅の患者さん(本来は病院にいなくてはならない存在)」として捉えられることが今も続いています。てしまいました。これが、「医療的ケア」という言葉が定着した原因に間違いないと思います。必要なのは、まず認識を新たにし、その人が退院した一般市民であることを確認しあい、求めることです。


 人工呼吸器をつけた子の親の会「バクバクの会」は、「医療的ケア」という呼称をやめ「生活支援行為」としよう、と呼びかけています。全く、全く、全くその通りです!

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