p.249 88. 新しい出生前診断

 平成242012)年夏の終わり、新聞報道で「新型出生前診断(NIPT=non-invasive prenatal genetic testing=無侵襲的出生前遺伝学的検査)」は、紹介されました。それはまるで家電の新製品紹介のように「画期的!(母体の血液検査だけでよい)/便利!(ダウン症かどうか99%分かる)」という論調で、そこには「命の選別をするための技術である」「ダウン症の人もこれを読むかもしれない」という認識は微塵もありませんでした。

 近代ヨーロッパの植民地政策の大義として大真面目に提唱され、工業・科学技術が著しく進歩し大量生産/大量虐殺兵器使用が広まった20世紀前半に隆盛を極めた、優生学(優生思想)。

 優生思想というと、ヒットラー率いるナチスによる障害のある人と特定の民族(ユダヤ人)の大量虐殺のことを指し自分とは関係ない過激な思想をもった人たちとその行動によるもので、世界全体がすでに制圧し克服したこと、と思っている人が多いのですが、決してそんなことはありません。

 一般にはあまり知られていませんが、この国でも平成81996)年に優生保護法が母体保護法になるまで、この法律の中に「不良な子孫を残さないために中絶すべき」病名・症状名がリストアップされていました。
 1970年代に登場し、一気に「妊婦検診のスタンダードメニューのひとつ」となり一般の開業医でも機材を持つようになった超音波診断(エコー)技術は「劣った種の出生を減らすこと」を医学的な「疾病の予防」とみなす優生思想をベースにしていたお産の世界にとってまさしく画期的な「出生前診断」でした。が、これを脅威と感じた当事者の方々の粘り強い議論と働きかけによって平成8(1996)年ついに法律の名前から障害のある「優生」という文字が消え「胎児条項(胎児に病気や障害があれば中絶してよいという法律)」が削除されました。

 そのすぐ後の2000年代始めには、母体血清マーカーという技術が今度は「妊婦の採血」という検査方法の侵襲性のなさ(気軽さ)をウリにして紹介されました。エコー画像診断同様、一気にマススクリーニング(すべての妊婦が勧められる)検査になってしまうのではないかと危惧した人は多く、この時はこの検査で胎児診断される対象症病の団体である日本ダウン症協会はじめ数団体が声明を出し、それを受けて厚労省が出した見解の中で「障害のある者の生きる権利と命の尊重を否定することにつながるとの懸念がある「医師は積極的に妊婦にこの検査を勧める必要はない」としました。

 国がこのような見解を示したのはこれが初めてで、改めて法律というのは重要な約束だな、と胸を撫で下ろした人は多かったのです。

 しかし再び、新型出生前診断は、全く同じ口調で「なんて便利で安全なの」となんのためらいもなく紹介されたのです。人の意識は全く変わっていませんでした。結果は、いまのところ、検査を望み「陽性」と出た人の9割が中絶をしたという、ショッキングだけれど「ああ、やっぱり」というものですし、かつて賢明な見解を示した厚労省から啓発ツールが提案されるでもなく、遺伝カウンセリングに「当事者(障害のある子の親)によるピアカウンセリング」が義務づけられるでもなく、それが劇的に変わることはなさそうです。


※詳しい経緯は日本ダウン症協会のホームページに分かりやすく公表されています。↓
権利擁護出生前検査について>新しい出生前検査を巡る動き
http://www.jdss.or.jp/project/05_02.html


 また、出生前診断について、日本ダウン症協会がダウン症のかたがたに向けたメッセージもぜひ読んでみて下さい。
 私は15年以上前(まだトッキーが生まれる前)あるシンポジウムで登壇した医師の「妊娠前から妊娠初期の葉酸摂取が、胎児の二分脊椎症の発症を減らす効果がある」という発言に二分脊椎症当事者の若者が「何だか自分の存在を否定された気分になりました。先生は二分脊椎症の人が生まれない方がいいとお考えですか?」と質問した時に初めて気づいた事です。

権利擁護》ダウン症のひとたちへのメッセージ

http://www.jdss.or.jp/project/05_03.html

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